フッと力を抜いた瞬間の
柔らかな息遣いを伝えたい

金子誉子さん


月刊ダンスビュウ1997年9月号より
編集長:屋代明美さん
撮影:森谷雅章さん


世界で初めて競技ダンスの絵に取り組んでいる画家、金子誉子さん。病を患い入退院を繰り返しながら、それでも絵の題材を求めてモロッコ、チュ二ジア、サハラ砂漠などを訪ね歩いた金子さんは、健康になりたくて始めたダンスを通して、競技ダンスの世界を知る。そして今年の8月、東京は自由ケ丘で『華麗なる競技ダンス』と題する油絵の個展を開くことになった。昨年、最初に金子さんにダンスを教えた山中智香子先生の引退パーティの引き出物に750枚もの色紙にダンスの絵を描いた金子さん。失敗も含めたその数は3千枚。選手の息遣いを知りたくて、現在もハードなレッスンに励む金子さんの個展にかける意気込みを伺いました。
 
人間てなんて美しい形をしているんだろう……。子供の頃、初めてミケランジェロの彫刻を目にした私は、特にその今にも動きだしそうな柔らかく美しい指先に心を奪われました。
あんな繊細な手を描きたい……。今にして思えば、それはダンスの繊細な手に
通じるところがあったのだと思います。
ゴッホの展覧会に行っても心が動くことがなかった私にとって、ミケランジェロの彫刻は私に絵描きになりたいと思わせる強烈な印象を与えてくれました。
子供の頃から病弱だった私は、絵を描くことが唯一の自己の存在をアピールできることだった。
通学鞄の中には勉強ノートのほかに常にもう一冊のノートが入っていて、友達にせがまれてはいろんな絵を描いてあげました。
私の絵は飴やビー玉に化けてしまいましたが、たくさんの漫画を描くうちに、実を言うとあの手塚治虫のような漫画家になりたいと思った時期もあったんです。
手塚先生とは手紙のやりとりをしていたこともあって、学校を卒業後、もう少しで事務所に入るところだったんですが、テレビアニメの流れ作業的な仕事が自分の性には合わなかった。
私は一から全部自分で作りたかったんですよね。
師事していた先生からも、「漫画の線ばかり描いていると塗の線が描けなくなる」ということを指摘され、漫画家の道を断念しました。
でも、私がダンスの絵を描きはじめて、一人のダンサーを描くのではなく、群舞にこだわり続けているということは、漫画を描きたいと思ったことが原点になっているのかも知れません。
漫画というよりは劇画を描きたかったんですが、
劇画を描く場合、当然登場人物たちの会話はもちろん、背景となっている人物たちの
何気ない会話が聞こえて来るように描かなくてはいけないんです。
ダンスの世界を描く場合、ただ仔んでいる選手たちを描くだけでもドラマがある。
私なりにダンス競技会を観て観て観まくった中から掴んだ選手たちの表情や内面の格闘を描くことが私の狙いの一つでもあるのです。
絵描きであれば、うまい下手に関係なく、テーマを持っていることが一番の強み。
その点、私は遠回りしてしまったけれど、絵描きとして恵まれたなと思っています。
私が初めてダンスの絵を発表したの1988年のこと。一水会に何度も入選してきましたが、これだという手法をどうしても見つけることができなかった。そんなあるとき、雑誌を捲っていると、空中サーカスの絵が目に飛び込んできた。20年来、サーカスの空中芸を題材にした作品を描き続ける画家、二紀会委員の副島孝治先生のその絵は、群舞を描く私に強い衝撃を与えてくれました。

一瞬の人間の美しい動きと、サーカスの団員たちの語らい、
哀愁、きらびやかな衣装……。臨場感を掴むために自ら空中ブランコの飛び台にまで上がるという副島先生の迫力あふれる絵に、この先生でなければ駄目だと思いました。
副島先生自身は以前から目をつけてはいたものの、その雑誌に掲載されていた先生の絵を観て、この先生にもう一度絵を習おうと思ったのです。
自分の身分を隠してようやく先生が指導する
カルチャーセンターに潜り込むことができたのが3年前のこと。
一般の生徒さんに混ざってデッサンなどを描いていたある日のこと、交通事故に遭い、7ヵ月あまりの入院生活を余儀なくされました。
その時に初めて一水会で発表したダンスの絵葉書で「早くダンスの絵が描きたい」と先生に手紙を書いたのです。
退院すると先生は、「金子さんはこの教室で何を描いていてもいい」とおっしゃってくれて、私はその教室でダンスの絵を描くようになりました。
「色と表現、つまりダンスの絵にあわせた自分なりのテクニックを作り出さなければならない」という副島先生の言葉が、私には一番こたえました。描いても描いても翌日になると気に入らない。そんな行き詰まりの中で、本場のダンスを一目見ようと、今年の1月、
イギリスのボーンマスで開かれたUKダンス選手権を観戦したんです。
選手たちの熱気、手を伸ばせば触れ合うことのできるところで伝わる選手たちの自世遣い…。
その旅でレ・ミゼラブルの舞台も観たんですが、感激で涙が止まりませんでした。
もう大抵のことでは驚かない私ですが、名画を一度に見せられたような衝撃が走ったんです。
色彩の美しさ、舞台装置の奥行き。生身の人間が演じているわけですから、ダンスは動く芸術だと感動したのと同じように、こんなに舞台って素晴らしいのかと感動しました。
今もその色彩が目蓋に浮かびます。
イギリスから帰ってきて、それまで描いたものを全部白紙に戻し、新たに描き始めました。4月になると、ようやく迷いがなく絵筆を運べるようになったのです。
最近特に気をつけているのは、着地する瞬間の足の描き方。その瞬間のフッとした柔らかさがどの程度強いか柔らかいかということを色使いで表わしたいと思うのです。止まっているような絵は描きたくない。
私の絵は、ピクチャーポーズだと絵にならないのです。
ピクチャーポーズのちょっと前かちょっと後がいい。
パシッとポーズを決める前か後のフッと力を抜いて次に移り変わるときの呼吸するその瞬間がいいんです。
私の絵から、その時の選手の自世追い、呼吸を感じてもらえたら嬉しい。
今回の個展では、自分の気持ちが全部は伝わらなくても、足元の美しさ、ソフトさ、呼吸、女性や男性の内面を表現できたらと思います。(談)

                                      

 

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