芸術協奏曲 藝術公論 平成11年9月5日号 インターアート出版


異なる視点で捉えたおおらかな自然の韻律

 神山自楽氏が描いた多摩川の風景は、河岸に立つ一本の松の木をセンターやや右に置いて空間の広がりを強調している。そして対岸並ぶビル群を望む様は、自然と人工の対比を表しているが、自然の側から風景に臨んでいるので、これだけ人工物が描き込まれた風景でありながら、こころ落ち着く空間となっている。また、都市あるいは都市近郊で生活する者にとっては、このくらいの景観の方が逆に馴染みのある景色であろう。氏はこの作品を描くに当たって、おそらく自身のごく身近にある眺めを題材としたのであろう。
 対して平山郁夫氏が描いた作品は神話の舞台となった出雲の地の景観を描いている。そこには一面に広がる草地と数本並ぶ木立、そして右側にあいた空問には旋回する鳥の群が描かれているだけで人跡は全く認められない。雲が棚引く空と、その下方に広がる山間の風景を描いていて、神話という超自然的、つまりある意昧では人間が存在するはずのない空間をテーマとしているのである。描かれた画面にはただ風の通り抜ける音だけが時折感じられる程度で、静寂が画面を支配している。
 こうして両者の作品を比較してみると、そこに人間の生活の痕跡を描くか、あるいはもっと崇高な空間として自然を捉えるか、自然に対するスタンスは異なるが、通底して言えるのは、いずれにせよ自然の、大気のおおらかな韻律が空間を支配しているという点であろう。

                                        文・吉村克彦

 

神山先生について

芙峰画会会長 日韓美術交流会名誉会長
世界平和文化財団副会長 日本文化振興会顧問
国際美術院名誉顧問


私が美大を卒業して1年横浜にいた頃・・・もちろんバイト的な働きもなく、東京よりも人情味があって第2の故郷と喜んで生活していた頃・・・「神奈川県展 公募」のポスターを見て、出品料が5000円だったのでそのお金もなく、・・・友人が出してくれるというのでそして画材は彼女の働いていた材木店よりベニア板2枚ただ同然のような形でいただき、油絵の具を買うお金がないので少し手元にあったクレパスを蝋で溶かして色を作り・・・今から思うとこんな発想、よくしたものとそれと作業中火にとっても怖かったが・・・大事に至らなくて本当によかったと思う。2点、「横たわる裸婦」朝・夕を出品。初入選で確か「佳作賞」をいただき授賞式には後で聞いた話が審査員の間で「この作者知ってるかい?・・何者だ?・・知らない?との話題の中に山男のような巨大な男が現れると皆さん思っていたら41キロの体重(昔は若いから出なく痩せてて惨めで今の太った状態は・・糖尿の性である)の女の子が赤シャツに白ズボンで賞状もらいに出たので「君、代理の人?」と聞かれ「本人です」と答えたらやんやのかつせいですっかり可愛がられたものでした。というものの、ベニア板2枚といっても1枚が畳1畳程ありそれが2点飾られたのだから細長の部屋の正面私の絵だけで埋めたわけでそれは目立ち、低い鼻もその時だけは高くなりこれが画壇の私の本当のスタートでした。そうした思い出の中、神山先生は、小柄で、人のよい温厚なお人柄で日本画の方はみなこうなのかしら?と思っていましたが・・・他の先生方はお亡くなり・・・1番長く交流したのが神山先生でした。

横浜三越でのグループ展・新宿、また、韓国にまで出かけられあの小さなお体の中にどんな情熱が秘められているのかと私を圧倒するばかりの行動振りが数年前、銀座でのこれが最後になりましたが個展の時少しの階段が「辛い」とはじめてこぼされました。

その後、この「芸術公論」が私の手元に贈られてきて、先生のお喜びのご様子が伺われてましたが・・・今平成13年に先生がお亡くなりになった今出版社にも許可を得ましたのでそのページをここに掲載することによって先生のご冥福をお祈りいたしたく存じます。

 

 

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